細胞に空いた水の通り道,アクアポリン
お水をたくさん飲むと,薄い尿がたくさん出ます。汗をたくさんかくと,濃い尿が少しだけ出ます。私たちのからだの水の量は,尿の量を調節することで一定に保たれています。体の状況にあわせた尿をつくっているのが,腎臓です。腎臓ではどのように尿が作られているか知っていますか?腎臓は,いったん血液から血球をのぞいて,液体成分だけを集めます。そして,水や糖など必要な成分だけもう一度からだに戻し,いらなくなったものだけが尿となってからだの外に出ていきます。いわば,机の引き出しの大そうじのように,入っているものをいったん全部とりだして,必要なものを選んで引き出しに戻し,いらないものを捨てているのです。腎臓はからだの大掃除をしてくれています。
必要なものだけをからだに戻すときに働いているのが,細胞に空いた水のトンネル,アクアポリンです。アクアポリンはタンパク質で,細胞膜に埋め込まれた小さな穴があいた水のトンネルです。からだに水が必要になった時,アクアポリンがたくさんつくられて,細胞の表面にあらわれることで,腎臓は水をからだの中に戻します。
いったん外にだされる液体成分の量は,1日あたり約180リットル,2リットルのペットボトル90本分にもなります。そのうち尿として出されるのは1日1リットル程度なので,99%の水がもう一度からだに戻されます。起きている時も寝ている時も,つねに尿は作られ続けていて,アクアポリンは水を通し続けています。

またアクアポリンは腎臓だけでなく,体中にあります。穴の直径は3オングストローム(1オングストローム=10-10m)。水の大きさが2.8オングストロームなので,水より大きなものは通れません。細胞の中と外に何が溶けているかによって,自動的に水が出たり入ったりしています。水が出入りするスピードはとても速く,1秒間に20億個の水分子が出入りしています。このような穴が,細胞にはたくさん空いています。

アクアポリンの中では、水分子とタンパク質の中のアミノ酸が水素結合をすることで,一瞬水が気体になり,水分子が1個ずつ,すさまじい速さでアクアポリンを通り抜けていきます。
13種類が確認されているアクアポリンは全身の細胞に存在し,私たちの健康を保つのに深く関わっています。今回は,水の出入りをあやつるアクアポリンに着目した健康や病気との関わりに関する研究を紹介します。
水の流れをあやつる,全身に空いた小さな穴
私たちの体内にある水の3分の2は,細胞内にあるといわれていますが,その流れや出入りについてはまだほとんど解明されていません。アクアポリンはその未知なる水の出入り口にあたります。アクアポリンは全身の細胞で水の流れをあやつって,私たちの健康の維持や病気の発症に深く関わっています。
水を出し入れするアクアポリン
アクアポリンは最初,赤血球で発見されました。赤血球を真水に入れると,水がアクアポリンを通って細胞内にどんどん入り込み,細胞はふくらみ,場合によっては破裂(溶血)します。逆に,食塩水などの濃い溶液に入れると,細胞から水がどんどんぬけていき,しぼんでしまいます。これはアクアポリンを通って,水が出入りしているために起こる現象です。一方で,私たちのからだのなかで,細胞がふくらんだりしぼんだりせず,ちゃんとした形をたもっていられるのは,細胞の中と外で,溶質がちょうどよく調節されているからです。
細胞の移動にも水が関わる
アクアポリンは細胞の移動にも関わっています。細胞は移動したい方向にむけて,にゅーっと一部をとがらせるのですが,とがらせた先からは水を取り込み,後ろ側からは水を排出していることがわかりました。1つの細胞の中でも,ある部分からは水を取り込み,ある部分からは出すというように,細胞の水の出し入れはとても厳密に決められていることがわかります。
私たちの体の中でよく動き回る細胞といえば,免疫細胞が挙げられます。免疫細胞でも同様に水の出し入れがおこり,全身を動き回って,からだを外敵から守っています。また,アクアポリンの働きをおさえると,がん細胞の転移がおさえられることも明らかになりました。これはアクアポリンが働かないことで,がん細胞の移動が抑制され,結果として転移も抑えられたのではないかと考えられています。なお現在のところ,なぜ,1つの細胞の前と後ろで水の出し入れができるのか,そして細胞内外の状態がどうなっているのかについての詳細は,まだわかっていません。アクアポリンの新たな働きがわかれば,新しいガン治療薬のヒントになるはずです。
脳のいらないものを排出せよ
アルツハイマー病には,遺伝がかかわる家族性のアルツハイマー病と,家族にアルツハイマー病の人がいないのに発症してしまう孤発性があり,孤発性のアルツハイマー病の発症の仕組みはまだ多くが謎につつまれています。アクアポリンが,この孤発性のアルツハイマー病に関わっているかもしれません。
脳の細胞にはアクアポリン4があることが知られています。とくにグリア細胞のアストロサイトが血管へと伸ばした突起の先端にたくさん存在しています。このアクアポリンは近年,脳にとって不要なものを,脳の中から外へ捨てる役割があるのではないかといわれています。アクアポリン4の働きを抑えてしまうと,脳内老廃物を排出する働きが悪くなることが知られています。また脳内老廃物を排出する働きを抑えてしまうと,血管の周りにアミロイドβという物質が蓄積すると考えられています。これは,アルツハイマー病の原因物質です。本来であれば,不要なものとして,アクアポリン4の働きによって脳の外にすてられるべきアミロイドβが,アクアポリン4が働かないために,血管のまわりにたまってしまったのではないかと考えられるのです。
水の流れをコントロール
健康の維持や病気の解明のため,血流やリンパの流れのような全身をめぐる大きな流れに関する研究は多くされてきましたが,アクアポリンを介したミクロな流れと健康・病気との関係は,まだほとんど解明されていません。アクアポリンは頭のてっぺんから足の指先まで,ほぼすべての細胞がもっています。さらに13種類もあり,そのいくつかが1つの細胞にあることもあり,水の出入りはかなり緻密にコントロールされていることがわかります。私たちが健やかに生きていくためには,血流やリンパの流れだけでなく,アクアポリンを通したミクロな水の流れもとても重要なのです。