入門編
なぜ慶應とサントリーが いっしょに研究しているのですか?
関連するページ:「生命をめぐる水とは」
私たちの体は、細胞がたくさん集まってできています。細胞の中は水で満たされていて、体全体の水の3分の2は細胞の中にあります。細胞の中では核やミトコンドリア、ゴルジ体などの細胞小器官をはじめ、さまざまなものが水に囲まれて存在しており、水を介して物質をやりとりしています。細胞の外の水として血液やリンパ液の中の水がありますが、細胞と細胞の間にも水が満たされています。私たちを構成する物質はすべて、水とともにあるといっても過言ではありません。
大きく分けて3つの役割があります。
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生化学反応の場
体内で起こる生化学反応は水に溶けた状態で進行し、細胞活動を維持しています。
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栄養素の輸送及び老廃物の排泄のための溶媒
体の隅々の細胞まで酸素や栄養素を運びます。また、生化学反応により生成した老廃物を体外に排泄するために運んでいきます。
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体温調節
たとえば、汗は蒸発するときに熱を奪うので皮膚表面の温度を下げる、などの仕組みにより体温調節がなされています。
ヒトの体のおよそ60~70%は水でできていいます。細かくみると、胎児では体重の約90パーセント、新生児で約75パーセント、子どもで約70パーセント、成人では約60~65パーセント、高齢者では50~55パーセントが水で占められています。また、ヒトだけでなく、地球上のあらゆる生物は体内で水を利用しており、生物が生きていく上で水は欠かせない物質であることがわかります。

体の中の水は、大きく2つに分けることができます。それは、細胞内液と細胞外液です。細胞内液とは名前の通り、体を構成している無数の細胞(大人で約100兆個)の中にある水です。細胞外液とは、血液やリンパ液の他、細胞と細胞の間にある間質液などのことです。
ヒトは水さえあれば、食べものがなくても2~3週間程度は生きていくことができます。一方で、水なしでは4~5日で命を落としてしまいます。呼吸や体温調節、分解物(老廃物)の排出など、生命機能を維持するためにヒトは絶えず水分を体の外に排出しており、生きていくためには、体が失った水分と同量の水分を補充する必要があるのです。
体重の約2パーセントの水分が失われただけでも、口やのどの渇きだけでなく、食欲がなくなるなどの不快感に襲われます。約6パーセント不足すると、頭痛、眠気、よろめき、脱力感などに襲われ、情緒も不安定になってきます。さらに、10パーセント不足すると、筋肉の痙攣が起こり、循環不全、腎不全になってしまいます。
【参考文献】
1)サントリー 水大事典 「水の科学‐人間と水」
私たちは、体に入ってくる水の量と体から出ていく水の量が等しくなることで体液のバランスを維持しています。したがって、体に入ってくる水よりも、出ていく水の方が多いときに脱水症状が起こります。たとえば、暑くて汗をたくさんかくような日に水を飲む量が少なかったり、下痢や発熱、嘔吐が続いたときに水分を取らなかったりすると、脱水症状が起きやすくなります。
人の体は体重のおよそ60~70パーセントが水分で構成されています。そのうちの数パーセント(量にして約2.5リットル)が1日で失われています。水は生命維持のため、体の中を絶えず循環しており、汗や尿として出ていくときは体にとって不要な老廃物を一緒に流し出してくれます。それらの出ていく水を補うために、毎日きちんと水を体に取り入れ続けることが大切なのです。
体内に取り込む水の必要量は、性、年齢、身体活動レベル、さらに周辺の気温などによって異なってきますが、それらを算出するための根拠は十分に整っているとは言えず、現時点では必要量として算出することは困難です。なお、アメリカやカナダ、ヨーロッパ諸国では、水の必要量を「目安量」※として設定しています。
- ※目安量(adequate intake: AI):推定平均必要量および推奨量を算定するのに十分な科学的根拠が得られない場合に、特定の集団の人々がある一定の栄養状態を維持するのに十分な量

【参考文献】
日本人の食事摂取基準2015
飲んだ水が、体にいきわたるのにかかる時間については、実はよくわかっていません。
飲んだ水が体にいきわたるには、いくつかのステップがあります。
- 消化管を通って末梢血管に入る。
- 末梢血管から、門脈を経て、肝臓を通って大静脈に入る。
- 循環器系に入って他の臓器や手足へと運ばれる。
- 各臓器や手足に運ばれた水が毛細血管から間質を経て実質細胞に入る。
体に水がいきわたるのに必要な時間は、これらのステップにかかる時間を合計すれば、わかると考えられます。
このうち、3) に必要な時間は、各臓器の含有血液量と動脈血流量からある程度予想できますが、他の時間については根拠となる知見そのものが得られていません。

水分補給の方法として、一気にたくさん飲むのではなく、1回コップ1杯程度(150~250ミリリットル)の量の水を1日に6~8回飲み、1日の必要量(約1.5リットル)を補給するというものが挙げられます。朝起きたとき、通勤で歩いたあと、スポーツをするとき、入浴後、就寝前などにこまめに水を飲めば、水分不足に陥ることなく、また水のとりすぎで体に負担をかけることもなく、疲労回復や健康維持に役立てることができると考えられています。
上級編
私たちは飲みものや食事から毎日数リットルの水を取り、ほぼ同量の水を尿や汗として排泄しています。これは誰もが無意識にやっていることです。どうして、そんなにダイナミックでかつ正確な水のやりとりがなされているのでしょう?そして、その水は体の中をどのようなルートでまたどのようなスピードでめぐっているのでしょう?何故、毎日数リットルもの水を交換しなければならないのでしょうか?意外と簡単そうで難しい疑問が次々と挙がってきます。
生命にとって一番重要な物質ともいえる水ですが、実はこれまで研究があまり進んでいませんでした。多くの研究者たちの目が、水の中で働くDNAやタンパク質の方に向いており、体の中のどこにでも存在する水自体の役割が謎のまま残されていたのです。
水分子がイオンと同様、選択的チャネルを介して細胞膜を透過する可能性は19世紀中頃から考えられていましたが、その実体は20世紀の終わりまで不明のままでした。1992年、Agre教授(米国Johns Hopkins大学)らがついにその正体を解き明かすことになりました。彼らは赤血球膜のRh抗原タンパク質を研究していましたが、その過程で28kDの未知のタンパク質を精製、そのタンパク質に対する抗体を作成し、体内組織分布を調べたところ、水の透過性が高いことで知られていた赤血球膜と腎臓の近位尿細管細胞膜に特に強い発現をしていることがわかりました。そこで、彼らはこのタンパク質こそが水チャネルの実体でないかと考え、アフリカツメガエル卵細胞を用いた実験により、その膜タンパク質が水チャネルに他ならないことを証明しました。赤血球を低浸透圧溶液中に入れると膨らんで破裂してしまうという溶血現象は良く知られていましたが、まさにこの原理を利用した実験でアクアポリンの存在が証明されたのです。
アクアポリンは、ほぼ全ての生物にあります。最も古い単細胞生物の一種である古細菌にも発現しています。単細胞生物は、周りの浸透圧変化に適応していくためにアクアポリンを獲得したのかもしれません。28億年前に現れた、初めて「水」「二酸化炭素」から光合成を行うようになったシアノバクテリアにもあり、光合成における役割も示唆されています。また、植物は動物よりもかなり多くの種類のアクアポリンを発現しています。環境の変化に応じて動くことのできない植物にとって、水を制御することはより本質的なのかもしれません。植物には、根から水を吸収し、その水は茎を通って移動し、葉から蒸散するという、重力に逆らった水の移動がみられます。そのためアクアポリンが重要な役割を担っていると考えられています。
アクアポリンの穴にその秘密があります。アクアポリンの穴の構造をみると、細胞外膜よりの所で穴の直径は最も狭くなっていますが、この直径は水分子の直径とほぼ同じ大きさです。従って、水分子より大きな分子はその穴を通過することができません。また、その部位にはプラスの電荷が存在し、水分子間の水素結合を分断、プロトン(H+)を排除する重要な役割を果たしていることもわかりました。更にポアの中央部位にもプラスの電荷が存在しており、プロトンの排除を補完しています。アクアポリンの穴は、水分子の双極子(電気的にプラスに偏っている部位とマイナスに偏っている部位の両方を兼ね備えている)としての特徴に即した構造をしているといえるでしょう。また、水分子がアクアポリンの穴を通る速度は非常に速く、1秒間に3x109個の水分子がアクアポリンのポアを通過することになります。想像を絶する速さですね。
あっという間に脱水症状が起こります。生物が進化の過程で陸にあがったときの最大の課題は、水分をどうやって保持するかということでした。尿は腎臓で血漿がろ過されることで生成されますが、実際に尿として体外に出てくるのはそのわずか1パーセントで、残りの99パーセントは再吸収されて血管内に戻ります。それくらい体内水分保持が大切だったという証だと思います。
そして、この尿を濃縮する過程でアクアポリンが重要な働きをしています。先天性尿崩症という尿が濃縮できない病気がありますが、その患者さんの遺伝子を解析すると腎臓のアクアポリン遺伝子あるいはそれを調節する遺伝子に異常が見つかっています。その他、皮膚における水分保持、涙や唾液の分泌にも関与しているので、それらのアクアポリンに異常が起こるとドライスキン、ドライアイ、ドライマウスといった症状が現れます。
光は、波の性質を持っています。波の山と山の間の距離を波長といい、波長の長さの範囲ごとに、「赤外光」「可視光」「紫外光」というように名前がついています。中でも、私たちが目で見ることができる可視光線より波長が長く、赤外線より波長が短い波長を近赤外光(波長:800〜2500nm)といいます。
ある波長の近赤外光は水分子にぶつかると吸収されます。どの波長の光が吸収されるかは、水分子のふるまい方によって変化します。つまり、水に近赤外光を当て、どの波長の光が吸収されたかを調べることにより、水のふるまいを推測することができるのです。

<参考>
普段、私たちが色として認識しているのは、可視光線と呼ばれるおおよそ400〜800nm程度の波長の光です。
それ以外にも、光は私たちの生活の様々なところで活用されています。例えば、赤外光や、それよりさらに波長の長い遠赤外光(遠赤外線)は、物体にあたった際に対象に熱を与えることができるため、ヒーターやトースターなどに使われています。また紫外線は波長が短くなるほど細胞にダメージを与える力が強くなり、波長約250nmのランプが殺菌灯として利用されています。
分子はさまざまな波長の光を吸収しています。水分子が近赤外光を吸収するのは、近赤外光の波長域に「水分子が吸収できる波長の光」が存在するからです。
分子は、エネルギーの低い状態で安定です。この状態の分子に、一定のエネルギーが与えられると、エネルギーの高い状態に遷移します。この時に必要なエネルギー量は、分子によってさまざまです。また、分子は遷移に必要なエネルギーと同じだけのエネルギーしか受け取りません。多くても少なくても受け取らないのです。
一方、光は各波長により異なったエネルギーをもちます。よって、さまざまな波長をもつ光が水を透過すると、水分子の遷移に必要なエネルギーをもつ波長の光だけが吸収されることになります。例えば、800~2500nmの光を水に透過すると、970、1450、1940nmあたりの光が吸収されます。
【参考文献】
尾崎幸洋 (2015). 近赤外分光法 講談社
アクアフォトミクスを用いることで、様々な分子と水分子との相互作用を捉えることが可能になると考えられています。
たとえば単原子イオンの場合、水分子はNa+のような陽イオンには酸素原子側を向け、Cl-のような陰イオンには水素原子側を向けます。
これ以外の分子として、NH4+やCO32-などの多原子イオンや、有機物である糖やアミノ酸、より複雑なタンパク質などがあります。これらが水分子と相互作用するには、+やーといった性質だけではなく、溶質の大きさや立体的な相互作用のしやすさなども考慮せねばならず、個々の物質について詳細な研究が必要になります。
一般的には、水分子と水素結合を形成する水素・酸素・窒素原子の周りには水分子が、安定した水素結合を形成するように配置されます。一方、疎水性の高い領域では、水分子は水分子同士で水素結合を形成します。私たちは、現在、各分子の周囲の水分子の解析をおこなっています。
【参考文献】
Tsenkova, R. (2009). Aquaphotomics : dynamic spectroscopy of aqueous and biological systems describes peculiarities of water. J. Near Infrared Spectrosc., 17, 303–314.

水分子の吸収波長領域の変化は、水素結合の変化を大きく反映するとされています。溶質分子はその形や性質などにより周囲の水分子の分布および水素結合の状態が異なっており、そのために、各物質特有の水溶液の近赤外光スペクトルが得られると考えられています。
また、水素結合は、測定中の温度や気圧などに影響されるほか、溶質分子の濃度などによっても影響を受けます。
【参考文献】
Tsenkova, R. (2009). Aquaphotomics : dynamic spectroscopy of aqueous and biological systems describes peculiarities of water. J. Near Infrared Spectrosc., 17, 303–314.

水分子を調べる方法として、近赤外分光法以外にも、X線分光法、赤外分光法、ラマン分光法、核磁気共鳴(NMR)などさまざまな方法が知られています。検出できる特性がそれぞれ異なるため、それぞれが補い合うことで、水の性質が理解できるようになります。また、近年、分子シミュレーションを用いた水分子の研究も盛んにおこなわれており、各実験データと合わせた解析がおこなわれています。近赤外光法は、水素結合による変化の検出に鋭敏であるとされており、水のネットワークの研究に重要と考えられています。
【参考文献】
Tsenkova, R. (2009). Aquaphotomics : dynamic spectroscopy of aqueous and biological systems describes peculiarities of water. J. Near Infrared Spectrosc., 17, 303–314.
水の流れのシミュレーションが力を発揮するシーンの1つとして、人工透析の患者さんの治療が挙げられます。腎臓機能を失ってしまった患者さんは、尿をつくることができないので、飲んだ水を排出できず、体の中にどんどん溜め込んでしまいます。人工透析はその患者さんの体から、水を抜く治療です。
人工透析は2-3日に1回行わなくてはなりません。水を抜く前の患者さんは、なんと数日前より5キロも体重が増えてしまっている人がいるほどです。この水は間質にたまっています。
透析では、血液から水を抜きます。まず血液の水がへり、間質から水が移動して、血圧が調節されていると考えられますが、実際はなにが体のなかで起こっているのかはわかっていません。早く水を抜きすぎると、一気に血圧が下がって、失神してしまう人もいるので、シミュレーションを行うことで、水を抜く速さやパターン、(最初は早く、あとはゆっくりがいいのか、休み休みがいいのか、など)の検証に役立つと考えられます。
